〈浜口陽三生誕一〇〇年記念銅版画大賞展〉
銅版画に限定したことによってうまれた濃厚な内容
文●松浦良介(Webてんぴょう編集長)
銅版画に限定したことによってうまれた濃厚な内容
文●松浦良介(Webてんぴょう編集長)
■倍率30倍以上の狭き門!
東京・ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション(地下鉄水天宮前駅そば)で、9月12日から〈浜口陽三生誕一〇〇年記念銅版画大賞展〉が開催されている(12月22日まで)。
同大賞は今回初めて開催されたもので、技法を銅版画に限定した以外は細かく制限は設けず世界から今年7月に応募をつのった。結果、645名(海外338、日本307名)、出品点数1517点(海外787、日本730点)という初回としてはかなりのものであった。
審査には、審査員長として建畠晢(国立国際美術館館長)氏、審査員に北川フラム(アートディレクター)氏、池田良二(武蔵野美術大学教授)氏、山口啓介(美術家)氏、吉澤美香(画家)氏があたり、大賞1名、準大賞2名、入選15名が選ばれた。出品者数を考えると、この結果はかなりの狭き門だったといえよう。やはり、浜口陽三という世界的に有名な名前が大きく影響しているのかもしれない。
大賞は、林智惠(1983年韓国生まれ、弘益大学卒業後、東京芸大大学院修了)氏、準大賞は小林美佐子(1985年神奈川県生まれ、女子美大大学院在)、LIHIE TALMOR(1944年イスラエル生まれ、建築、彫刻も行う)の両氏。いずれも全審査員から高い評価を得ていたが、余白を大胆にかつ効果的に利用したいわば東洋的感覚が特徴の林氏の作品が対象になったのは、日本で開催し審査員も日本人であったことが多少は関係あるのだろう。
入選15作家については、前述したように狭き門を突破しただけあって、どれも本当に見応えのあるものばかりであった。この入選作家のレベルの高さが、この大賞展の成功を示しているといえる。
■黒の魅力
銅版画のイメージ、及び魅力といえば多くの人がまずは黒、と言うだろう。銅版画における黒は、時に舞台のように、時には果てなく続く闇のように存在する。例えば大賞受賞作は効果的な余白の中に、舞台のように黒がしっかりと存在している。準大賞受賞のLIHIE TALMOR氏の作品は、黒と灰色によって美術家のもつ哲学的思索の深まりを感じさせる。
入選作においては、濱田富貴(1972年生まれ、武蔵野美術大学大学院修了)氏の作品における黒が目をひいた。中央に大きく存在するものは多くの審査員が指摘した通り、植物的であり有機的ななにかだ。そしてそれは、背後の黒い闇から生まれ出たように思える。もしくは、その闇に向かってそのものが消えていくようでもある。
林智惠 「in the garden」 大賞受賞
LIHIE TALMOR 「TRACK BEFORE DETECT_13」 準大賞受賞
濱田富貴 「かたち-61"花舟"」 入選
■確固たる線、ニュアンスを漂わす腐蝕
銅版画に限らず版画における線というのは、特異な存在感を持っている。どこか傷のようにも思えるそれらは、絵画の線が何かの形へとつながるのとは違い、それらのみで意思を持っているようだ。
入選作家の箕輪千絵子(1986年生まれ、武蔵野美術大学大学院在)氏の作品は、タイトルの持つ重厚さとは対照的に、細い線で線刻された女と獣の抱擁するどこか儚い姿が強く印象に残った。儚いだけで終わらないのは、これが版画の線の力であろう。また、エロスというものに酔うこともなく、クールな作品でもある。
銅板には線刻することのほかに、腐食という行為もまた版画家の意思を表現する方法だ。線刻が意思の本体を表すとしたら、腐蝕はそのニュアンスを伝えると言っていいかもしれない。準大賞受賞の小林美佐子氏の作品は、常に流れていく時間の中で絶え間なく浮かんでは消えていくイメージを優しく表現している。
箕輪千絵子 「罪深きことは何だか知っている-Sublimity-」 入選
小林美佐子 「遊」 準大賞受賞
■現代への視線
版画は印刷でもあるので、常に文学や新聞などと共存してきた。ゆえに同時代性や社会への視線も自然と求められるようになり、風刺を代表とするアイロニカルなユーモアも生まれ、鍛錬されてきた。
入選作家の金昭希(1983年韓国生まれ、弘益大学卒業後、多摩美術大学大学院修了)氏の作品は、まさにそれを継承している作品だ。タイトルと乱雑に収納された下着の中で遊ぶ女性たちを見れば、そこに文章が書かれていなくても自然と浮かんでくるだろう。決して現実を悲観するのではなく、ユーモアで視点を変えてしまおうという陽気な雰囲気は、個のイメージに籠りがちな作品の中で目立っていた。
金昭希 「A crazy bus」 入選
この大賞展は第1回とは表記されていないので、もしかしたら今回が最初で最後なのかもしれない。しかし、世界中からの本当にたくさんの応募、またその結果生まれた充実した受賞、入賞作品の数々を考えると、ぜひとも第2回目を期待したい。