〈ART×DANCE 横浜創造界隈のアーティストたち展〉
美術とダンスの自律と融合の先駆的試み
文●宮田徹也(日本近代美術史)
美術とダンスの自律と融合の先駆的試み
文●宮田徹也(日本近代美術史)
■2007年の展覧会をあえて現在述べる理由とは
〈ART×DANCE 横浜創造界隈のアーティストたち展〉(以下、〈アートダンス〉)(2007年10月26日~11月10日 横浜市民ギャラリーあざみ野〔主催・会場〕)の展覧会評が、現在でも有効な理由は二つある。
先ずこの展覧会が、「地方」の展覧会であることだ。現在、都内を中心とせずに「地方」で、独自の展覧会が数多く行われている。取手アートプロジェクト、ワタラセアートプロジェクト等、webで「アートプロジェクト」を検索すると、犬島、台東区、丸亀、大枝、長野、広島と数暇がない。「ビエンナーレ」と検索してみても、所沢、神戸、琵琶湖、中之条と幾つも存在を確認することができる。「地方の作家の集結」と括れば、それこそ明治期までその歴史を遡ることができる。「地方の作家」は集結しては離散する、その歴史の繰り返しである。しかし〈アートダンス〉はそのような継続性よりむしろ、一過性の濃度に重点を置いたことが伺える。「横浜」をキーワードにアーティストを選出したことにより、油彩、写真、映像と全く異なるスタイルの作品群が並びながらも意識の疎通を感じる、特異な空間を形成した。
そして、アートとダンスという組み合わせも廃れているように感じはするが、近年、この動向は注目されている。コンテンポラリー・ダンスの場合、映像を使用することは当たり前の事項となってきている。美学校四〇周年記念企画では〈一過性であるがゆえに〉と題して 町田久美(美術家)× 室伏鴻(舞踏家)、会田誠(美術家)× 小林嵯峨(舞踏家)、細江英公(写真家)× 黒田育世(振付家、ダンサー)、間島秀徳(美術家)× 大野慶人(舞踏家)による展示(2008年4月1日~6日)と公演(5、6日)が行われた(The Artcomplex Center of Tokyo)。さらに、ヒグマ春夫が企画した〈ACKid2008〉には同年4月21日、翁譲(美術)・遠藤豊(ダンス)・熊地勇太(音楽) 、22日、関直美(美術)・紙田昇(Kダンス)、23日、山本裕子(美術)・徳田ガン(舞踏)、24日、高嶋芳幸(美術)・長岡ゆり(舞踏)、25日、ヒグマ春夫(映像・美術)・永田砂知子(音楽)・千葉瑠依子(ダンス)、26日、牛膓達夫(美術)・喜多尾浩代(身体事)、27日、李容旭(映像・美術)・若尾伊佐子(ダンス)・永井清治with Sonic train(小川類・河合孝治・川口賢哉)(音楽)と連続公演があった(キッド・アイラック・アート・ホール)。
いずれの公演も美術作品とダンスがそれぞれ自律することが前提にあり、その融合を図ることによって新たなシーンを創り上げることを目標としていた。2008年の横浜トリエンナーレには田中泯、勅使河原三郎、小杉武久が参加した。この潮流は暫く先までつづくであろう。その先駆的試みが、〈アートダンス〉なのである。
■作品の意識と同化――曽谷朝絵(油彩画)× 林洋子、影に対して新たな生命力――フランシス真悟(油彩画)× 相良ゆみ
上記の理由で、〈アートダンス〉の評を行う。参加アーティストを記す。
曽谷朝絵(油彩画)× 林洋子
フランシス真悟(油彩画)× 相良ゆみ
橋本典久(立体)× 中村恩恵
高橋啓祐(写真)× 矢内原美邦(Off Nibroll)
無休の展覧と、毎土日に公演があった。公演が終了すると、それらをヴィデオ作品として会場にあるモニターに映し出し、「展示」として見せる工夫を凝らしていた。各展示と公演評を端的に記す。
2005年秋に開館したばかりのギャラリーは、まだ新しく清潔な印象を受ける。1階の展示室に入ると、淡い光を放つ曽谷朝絵の作品群が真白な壁に並ぶ。曽谷は光や雰囲気を描くだけではなく、自らをその場に投げ出し、経験した感触を作品として昇華させている点が特徴的だ。
今回の展示は、さながら回顧展のような印象を与えた。林洋子は木綿のロープを用いてこの曽谷の「感触」を自己の中に入れて舞った。非常に削ぎ落とされた公演に見えたが、そこには深い感情が込められ、曽谷の作品の意識と同化するまでの、高いレヴェルを携える公演であった。曽谷はZAIMにアトリエを構え、林は横浜ダンスコレクションR2006に入賞している。二人が会うのは今回が初めてだった。
同じく1階の展示室に、フランシス真悟の油彩による蒼い作品群が並ぶ。30回以上塗り重ねられたその表面に、見る者の姿が映るほどだ。よく見るとどの作品にも下部に同系色でありながら異なる色彩の横線が引かれている。縦横のバランス感は、画面に向き合う者に絵画の有機性を教えてくれる。吹き抜けの部分には、紙に暖系の水彩で描いた16メートルに亘る作品が弧を描いて展示されている。相良は蒼い作品に自己を投影し、そこに生まれた影に対して新たな生命力を与え、相良自身と相良の幻影が水彩の作品を舞った。大野一雄に師事し、倉嶋正彦、間島秀徳、その他多くの作家の作品とのコラボレーションの経験がある相良は、己が持つ極東の舞踏と美術作品との対話を常に新しい形で行なっている。相良と真悟はこれ以前、真悟がアトリエを構えるZAIMで共演したことがある。2008年の〈Red〉展(10月11日~11月3日/ZAIM)でもその再会を果たした。共に体感しているニューヨークの空気が漂う公演であった。
曽谷朝絵(油彩画)× 林洋子 撮影:塚田洋一
フランシス真悟(油彩画)× 相良ゆみ 撮影:塚田洋一
■作品から別の場所に飛び立つ――橋本典久(立体)× 中村恩恵、錯覚を引き起こす――高橋啓祐(写真)× 矢内原美邦
2階に上がると、円形と球状の橋本の作品が並ぶ。視界を越えるほどの大きさの円形の写真は、全角でとらえた横浜の風景が映し出されている。中村を写している作品もあった。それは、視覚の不確かさを教えてくれる。また、空間に包まれるのではなく、写し出されているものの内面が反転して表層として浮かび上がる作品にまで至っている。そのような中で中村は、全く作品に関与していないかのように舞った。コンテンポラリー・ダンスが持つ激しさよりも、静謐さを表現した。それは、既に作品として晒されている中村の内面、つまり中村の胎内に身を置くのではなく、中村はそこから全く別の場所に飛び立つイメージを見るものに与えたのであった。橋本は当時東京芸術大学大学院映像研究科に所属し、桜木町に通っていた。中村は元町にスタジオを構えた。二人はこの展示で初めて知り合ったのであった。
2階奥の部屋では、高橋によるインタラクティヴな映像が映し出されている。見るものの影に、動物が走り去る映像が映りこむ仕掛けになっている。非常に能動的な映像で、見る者はそれこそ「踊り」たくなるであろう。矢内原のダンスは、そのような見る者のスタンスを忘れずに、見る者が踊れない脅威の振付を見せてくれた。疾走する矢内原の残像が、映像となって見る者の瞳に焼き付いてくる。それは本当に矢内原の姿だったのか、それとも映像であって、見る者が創り上げる幻想だったのか。そのような錯覚を引き起こす公演だった。高橋と矢内原によるoff nibrollは、黄金町に拠点を構えて活動している。
また関連イヴェント、としてギャラリーエントランスではZAIMを活動拠点としているON-COOが32chの電子オーケストラの演奏を行い、それにあわせて、いとうみえが舞った(11月3日、9日)。
このように「横浜」をキーワードとして、単なる美術とダンスのコラボレーションに陥らない公演となった。この展覧会を開催した、横浜市芸術文化振興財団の斬新な企画に今後も期待する。
なお、この展覧会の詳細については、カタログが同市民ギャラリーから発行されている。そちらも併せて参照願いたい。
橋本典久(立体)× 中村恩恵 撮影:塚田洋一
高橋啓祐(写真)× 矢内原美邦 撮影:塚田洋一
いとうみえ 撮影:兼井就平