〈Art of our time〉
20世紀美術の網羅と開拓
文●松浦良介 Ryosuke Matsuura 「てんぴょう」編集長
20世紀美術の網羅と開拓
文●松浦良介 Ryosuke Matsuura 「てんぴょう」編集長
■〈Art of our time〉 2008年9月27日-11月9日 東京・上野の森美術館
■功労賞だけではない
1989年第1回高松宮殿下記念世界文化賞が授与されて今年で20年。それを記念して同賞の絵画・彫刻部門受賞者41名が出品した〈Art of our time〉が、東京・上野の森美術館で開催された(11月9日まで)。
同賞は、文化・芸術の振興こそが人類の平和と繁栄に最も資するとして、国境や民族の壁を越えて芸術の発展、普及、向上に貢献した個人、団体を顕彰するもの。絵画・彫刻・建築・音楽・演劇の5部門に分かれており、各部門原則1名を選ぶ。受賞者には金メダルと、1500万円が授与される。今年は、美術だけでなくビートルズの「ホワイトアルバム」のデザインでも知られるリチャード・ハミルトンが選ばれた。
リチャード・ハミルトン「鏡の送り返し」 デジタルプリント 1998年 個人蔵
受賞決定の過程は、各国際顧問のもとに設置された推薦委員会が推薦リストを制作しそれを日本美術協会に提出。そして、同協会が設けた選考委員会(任期1年、再任可)がさらに絞込み、同協会理事会で受賞が決定される。ちなみに、日本の国際顧問は、中曽根康弘元首相である。名誉顧問となると、ジャック・シラク、デイヴィッド・ロックフェラーなど錚々たるメンバーが並ぶ。選考委員会も絵画・彫刻部門をみると、ほぼ美術館館長経験者と重厚なもの。
そのような布陣で推薦、選考されているだけあって、受賞者も美術史に名を残す美術家がほとんどである。しかも、20世紀の美術の主な流れから選ばれており、まさに20世紀美術を網羅しようとするもの。たとえば、バウハウスからマックス・ビル、シュルレアリスムからマッタ、アンフォルメルからアントニ・タピエスなど、ネオ・ダダからジャスパー・ジョーンズ。さらにはインスタレーションとしてクリスチャン・ボルタンスキー、クリスト&ジャンヌ=クロードなど、また現在世界で一番人気がある画家といえるゲルハルト・リヒターと新しい傾向にも目を配っている。今回の図録だけで、充分20世紀美術入門書になるかもしれない。
ゲルハルト・リヒター「エリザベート」 油彩、カンヴァス 1965年 東京都現代美術館蔵
国際的に有名な美術家への功労賞といった一方、同賞は美術史の開拓、ともいえるような側面ももっている。それは、彫刻部門でファッションデザイナーの三宅一生を選んだり、イタリア彫刻からジュリアーノ・ヴァンジ、アルナルド・ポモドーロ、ウンベルト・マストロヤンニと3人も選んだりしていることからうかがえる。また、絵画ではバルテュスを選んでいることも注目できる。
三宅一生「コロンブ」 ポリエステル 1990年 財団法人三宅一生デザイン文化財団
ジュリアーノ・ヴァンジ「ジャケットを頭にかぶった男」 ブロンズ、ニッケル合金 2006年 ヴァンジ彫刻庭園美術館蔵
■日本の存在は大きくなるか?
では、同賞における日本はどうであろうか?受賞者では、先に挙げた三宅一生のほか草間彌生のみ。アジアへと拡げてみても、李禹煥が入るのみ。これは欧米の美術を時間差で知り、そしてそれに追いつこうとしてきた流れを考えると仕方がないだろう。日本画がもし早くから国際的に展開したら、とも思ったが欧米では絵画というより、工芸として受容されたかもしれない。
草間彌生「INFINITY-NETS[OATQX]」 アクリル、カンヴァス 2008年 作家蔵
しかし、インターネットにより情報はリアルタイムになり、進化する交通網は島国日本と諸外国との距離を日々縮めつつある。現代の美術家に、欧米の表現を真似ることはあっても、追いつこうとする意識が薄いのはその影響であろう。
それを考慮すると、同賞に今後日本人が増えてくるのは確かかもしれない。
ところで今回の出品作は、ほとんど日本国内の美術館収蔵品からであった。予算の都合でそうなったのであろう。しかし、どの作品も一番の代表作とはいえないものの、充分にその1つにはなるものであった。これは、日本の美術館のコレクションの充実を物語るものといえる。