リチャード・ハミルトン インタビュー
“ポップ・カルチャー”と一線を画す“ポップ・アート”
文●藤田一人(美術ジャーナリスト)
“ポップ・カルチャー”と一線を画す“ポップ・アート”
文●藤田一人(美術ジャーナリスト)
■ポップ・アートのパイオニアとして
1956年、ロンドンのホワイトチャペル・アート・ギャラリーで開催された〈これが明日だ〉展で、当時34歳のリチャード・ハミルトン(1922?)は1点の写真によるコラージュ作品を発表した。《いったい何が今日の家庭をこれほど変え、魅力あるものにしているのか》という長い題名が付けられたその作品は、後にアメリカにも波及しアート・シーンを一新した“ポップ・アート”の記念すべき第1号として、高い評価を得ることになる。そして、作家のハミルトンもポップ・アートのパイオニアとして、現代美術史上に位置付けられた。
そんなリチャード・ハミルトンが、2008年第20回高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞。そして授賞式出席のため、10月に来日した。近年の現代美術において、マンガ、アニメをはじめとするサブ・カルチャーの影響が色濃いが、そこにはかつてのポップ・アートに通じる要素も多々ある。だからだろうか、今回の受賞に際して開かれた記者懇談会でも、日本発で世界にも浸透しているオタク文化をはじめとする、昨今のサブ・カルチャーへの関心や、それらがファイン・アート等のメイン・カルチャーを席捲しつつある現状への質問がなされた。当初ポップ・アートとは、大衆消費社会のイメージを作品に取り込みつつ、その基盤としてある商業主義に対して批判的表現ではなかったのか。それが、いつの間にか商業主義に取り込まれ、今日の現代美術状況に至っている。ポップ・アートのパイオニアは、ポップ・アートなるものの真価と経緯をいかに捉えているのか。そうした問いに対して、ハミルトンは真摯かつ丁寧に答えた。
■ポップとは並列の価値観
今回の質疑応答のなかで最も印象的だったのは、ハミルトン自身「今日のサブ・カルチャーには全く関心がない」と答えたこと。そして、これまでの自身の仕事に関しても「“ポップ・アート”という名称は間違っていた」「いまの“ポップ・アート”との関係はない」とも。彼はその理由を、長いキャリアを振り返りながら語った。
ハミルトンは、イギリスのポップ・アートとされるムーブメントの発端を、1952年にロンドン現代美術研究所(ICA)内で組織されたインディペンデント・グループにあるという。そのグループに参加したのは、ハミルトンをはじめとする当時若手の美術家はもちろん、建築家、写真家そして批評家等。そこで彼らは、多彩なテーマで公開講座を開き、各分野の専門家を招いて、議論を重ねていった。その中に、大衆文化も含まれていたというのだ。
「当時、私たちは社会の現状に対して、新たなアプローチを模索していました。第一、美術のヒエラルキーは従来のままで、それに対してどうしようもない不満を感じていました。そんななか、それまでの美術界のピラミッド状況を崩し、各分野を並列にして考えようとしたわけです。もしかしたら、ハリウッド映画やポピュラー・ミュージックに、ファイン・アートとされるものにも増して、知的で刺激的なものがあるのかもしれない。そうして、ポップ・カルチャー、サブ・カルチャーを研究、調査することになり、それをファイン・アートというものとポップ・カルチャーとを連携することで、現実に対する新たな芸術的アプローチの方法を追求していったわけです」
つまり、ハミルトンにとっての“ポップ・アート”とは、大衆文化の世俗的な価値観や美意識をそのまま肯定して、受け入れるというのではない。あくまで、純粋なる芸術的価値観の下、大衆文化を通して現代社会の真相に迫ろうというわけだ。そうした姿勢は、まさに彼が大きな影響を受けたという、マルセル・デュシャンに通じる。
■美への回帰
しかし、ポップ・アートはその後1960年代にアメリカで全盛となり、アンディ・ウォーホルのような美術界を超えたスターを生み出すことで、貪欲な大衆文化に飲み込まれていく。それに対して、ハミルトンはこう続ける。
「私自身、アートは神話的なものを受け継いでいくものだと考えてきました。それはハリウッド映画のような、大衆を対象としたものにもあてはまると思います。それが大衆的であるかどうかが問題なのではありません。例えば、キリスト教美術はファイン・アートでもありますが、大衆的でもある。神話のレベルは幅広いものです」
“神話性”という意味で、同じ“ポップ”なる言葉を冠してはいても、カルチャーとアートは別物。そこで「“ポップ・アート”という名称が誤解を生んでいるのではないか」という発言になってくるのだ。いわば、ハミルトンの芸術と大衆文化との距離感は変わってはいないというわけだろう。しかし、長い年月を経て、自身の美意識に変化が生じてきたともいう。
「私は、いま天使を描いています。それを“美への回帰”とでも言えるでしょうか。アートにおける典型的な“美”というものに、価値を見出すようになりました」と。
ポップ・アートのパイオニアであるリチャード・ハミルトンは、従来の価値観を打ち破っていくことを目指す前衛であるともに、一貫してオーソドックスな画家であったというわけだ。