EXHIBITION | TOKYO
磯崎隼士(Hayato Isozaki)
「おにぎり原人の夢」
<会期> 2026年10月2日(金)- 10月24日(土)
<会場> Bambinart Gallery
<営業時間> 12:00-19:00 日月火祝休
このたびBambinart Galleryでは、磯崎隼士 個展「おにぎり原人の夢」を開催いたします。
本展のタイトル「おにぎり原人の夢」は、一体何を意味するのでしょうか。まずは作家本人のコメントを紹介します。
作家コメント
「この度、バンビナートギャラリーにて個展『おにぎり原人の夢』を開催する運びとなりました。
本展では、おにぎり原人が自ら描いた絵と対峙するワンシーンをテーマとしています。
現代の研究では、おにぎり原人には、核に梅干しが存在すると信じられています。おにじり原人が生きている間は、動く梅干しの座標の周囲をお米が人の形を成すように流動しているそうです。
しかし、おにぎり原人自身は、自らの核である梅干しを知覚することができないそうです。
最近の研究では、核となる梅干しが存在しない説もあるそうです。
おにぎり原人は絵を描きます。なぜだかわからないそうです。
おにぎり原人は絵と戦っています。
おにぎり原人は常にこの苦しみから逃げたがっています。
梅干しの座標がキュッと痛みます。
おにぎり原人…
皆様のご来廊を心よりお待ちしています。」
「おにぎり原人」は、絵を描く主体としての磯崎自身を重ね合わせた存在とも読めるでしょう。自らの身体の「核」が梅干しなのか、そもそもその核が存在するのかすら知ることのできない存在が、それでも絵を描く。そして、自らが描いた絵と対峙し、ときには戦う。
そこには、「自分とは何か」「なぜ自分は描くのか」という、制作の根源にある問いが潜んでいます。
自分自身の中心にあるものを知ることのできない存在が、自らの外部に「自分の絵」をつくる。絵を描くことによって自己を知ろうとしながら、その行為そのものが、自分の核心には決して到達できないという逆説を生み出します。
磯崎はこれまで、身体や生と死をめぐる問いを、絵画とさまざまな物質との関係を通して探究してきました。2024年の個展「自己埋葬行為」(FOAM
CONTEMPORARY)では、別れや死を前提として「今を生きること」をテーマとし、2025年の「木の下」(清春芸術村)では、いずれ劣化し破損していく物事に対して、複数のメディウムを用いた表現を展開しています。
今回の「おにぎり原人の夢」では、そうした問いが、より原始的で、身体的で、そしてユーモラスな姿をとって現れます。
絵画には、絵具が幾層にも重なり、擦られ、滲み、剥がれながら、明確な形へと収束することを拒むような物質的な表情が現れています。一方、立体作品に現れる人型の身体は、確固とした人体というよりも、物質が集まり、崩れ、流動しながら、かろうじて人の形を成しているかのようです。
そこにあるのは、完成された「人間の像」ではありません。むしろ、身体とは何によって形づくられるのか、そしてその身体の内側に「自分」を成立させる核は本当に存在するのかという、不確かな問いそのものです。
「おにぎり原人の夢」は、ユーモラスな架空の存在を入口としながら、「なぜ私はここにいるのか」「なぜ私は描くのか」「そもそも私は何によって私なのか」という、答えのない問いへと観る者を誘います。
どうぞご高覧ください。
Bambinart Gallery(バンビナートギャラリー)
http://www.bambinart.jp/index.html
東京都千代田区東神田1-7-10 KIビル 2F
tel:03-6240-1973
