<会期> 2026年7月4日(土)- 8月8日(土)
<会場> NANZUKA UNDERGROUND
<営業時間> 11:00-19:00 日月休
この度NANZUKAは、東京在住のアーティスト、村松佳樹の新作個展「NO SEQUENCE」をNANZUKA UNDERGROUND にて開催いたします。本展は、NANZUKAにおけるデビュー個展であるだけでなく、作家にとって初のギャラリーでの個展となります。
村松佳樹は1995年静岡県生まれ、2021年に東京藝術大学 大学院美術研究科 先端芸術表現専攻を修了。メディア横断的な実践を探求する学科で7年間学んだ村松は、写真・手描き・コマ撮り・実写・クレイ・コラージュなど、あらゆる技法を自在に駆使した映像作品を中心としつつも、コラージュやイラストなども並行して制作してきました。修了後は、国内外の音楽グループのヴィジュアルワークなども手がける一方で、国際的なアートフェアへの出展など、商業・芸術の両領域で活躍しています。
幼い頃から映像に親しみ、時間と他者の記憶を閉じこめるメディアに魅せられ続けてきたという村松。その関心は、エドワード・マイブリッジの連続写真やリュミエール兄弟のアクチュアリテ、ドイツ表現主義映画といった映像表現の古典から、ノーマン・マクラレンの抽象フィルム、カルト、B級ホラー映画、実験映像、GIFアニメーションにまで及び、その例は枚挙にいとまがありません。さらに、人間の形状や温度を記憶して映像的な余韻を残す家具やソファのような日常の事物にまでその対象は広がっています。これらを貪欲に吸収し、多様な技巧を駆使しながら、異なる時代や文脈に属する膨大なイメージの断片を独自の映像的文法に接続することが村松の表現の根幹にあります。
村松の作品は、過去から現在に至る美術の系譜を多層に取り込んでいます。装飾性や平面性を特徴とするジャポニズム、精神性や神話性を可視化しようとする象徴主義運動、シュールレアリスムの神秘性や魔術性、あるいは現代のゲームカルチャーや漫画、映画の領域で頻繁に描かれる人間以上の存在を追求するポストヒューマン的な身体性などを、中世宗教画に特徴的な儀式装置的構図を纏って描かれています。これらの作品は、インターネット元年に生まれた村松が、身の回りに膨大にあふれる情報の中から無意識に取り込んできた視覚言語を、再構成と再生産を繰り返して生み出した果実と言えるでしょう。
本展「NO SEQUENCE」では、絵画12点、ドローイングコラージュ3点、映像作品1点からなる新作群を発表いたします。
村松は本展に寄せて、次のようにコメントしています。
忘れていた感情や記憶がふわっと立ち上がるのが作品鑑賞の素晴らしい瞬間です。しかし、最近は見知らぬ経験が立ち上がるようになり、記憶の連続性の崩壊と喪失を激しく感じています。連続して繋がってるはずの個人的な記憶が、繋がってるようで繋がっていないことがとても明確でリアルなこと。情報と常に接続される世界です。他社の記憶やリアルなフェイクイメージなどの膨大な情報と、自分の記憶は境界線を持たずに混濁し続けています。パンデミック以降の閉鎖的な空間で加速した過剰な情報接続——巨大な他者の記憶の断片に呑まれて、自分の記憶の連続性があってないようなものになっています。NO SEQUENCEは、記憶の連続性が幻想的で心地良い不安定さだったものから、明確な恐怖や虚無へ揺らいで更には消えつつあるのかもしれない、それでも自分の記憶の連続性を知覚しようとすることについての展示です。
-村松 佳樹
映像作品を長く学んできた村松は、連続性に関する考察を自身の作品の基軸として捉えています。多くの若者にとってソーシャルメディアが主流の情報源となっている現在において、普段無意識的に過ぎていく一秒、あるいはそれ未満の瞬間に介入し、その枠組みを拡張する村松の探求は、近代の秩序が崩壊しつつある奇怪な現代社会を映す実験的視覚芸術実践とも呼べるものです。
本展のオープニングレセプションは、アーティストを囲んで、7月4日(土)17:00-19:00に行います。
本展を皆様にご高覧いただけますと幸いです。
本展に寄せて、隅本晋太朗氏に寄稿文を執筆いただきました。
痕跡としての表層 -NO SEQUENCEな身振り
君なしではおそらく決してみられないであろうものを出現させよ
-ロベール・ブレッソン(『シネマトグラフ覚書-映画監督のノート』松浦寿輝訳、筑摩書房、1987年。)
「芸術は社会の鏡である」。このよく知られた言葉は、作品と時代背景の関係を説明するには有効である。しかし、「鏡」としての機能を過剰に求めれば、芸術の役割は記録や証言に閉じてしまう。そこでは「何が語られ、誰が語っているのか」「いかなる倫理的配慮が示されているのか」といった問いばかりが重視され、作品の表層は、意味を支える装飾としてしか扱われなくなる。問題は、作品が政治的・倫理的な含意を持つこと自体にあるのではない。そうした内容によって作品の価値があらかじめ保証され、その結果、表層——線や色、質感、配置としてわたしたちの感覚に触れるもの——こそが作品であるという、もっとも基本的な事実が見逃されてしまうことにある。
芸術の社会性は、作家の感覚と記憶を通過し、否応なく表層に現れる。表層を重視したとしても、芸術の社会性が失われるわけではない。作家の態度そのものが、その時代に共有されたイメージや感性のあり方によってかたちづくられているからである。すでに見てしまったもの、忘れられなかったもの、誤って記憶したもの——芸術とは、それらが記憶のなかで切断され、接続され、別の姿でたち現れる場である。その組み換えによって、作品固有の表象空間が立ち上がる。そう考えるならば、あらゆる作品は、広い意味でコラージュ的な構造を抱えている。
村松佳樹の実践は、絵画、ドローイング、コラージュ、アニメーションなど多岐に及ぶ。彼の作品に一貫するものがあるとすれば、それは制作という行為そのものに内在するコラージュ的な構造である。ある種のコラージュでは、引用元が容易に識別できる記号としてイメージが提示されたとき、それはただちに解釈の対象として回収され、流通可能なラベルとして機能する。しかし、村松の作品における過去のイメージは、引用された記号として現れるものではない。
村松の作品には、「どこかで見たような気がする」という不確かな既視感がある。その既視感は、映画、漫画、インターネット上の視覚文化、音楽に喚起されるイメージ——村松が経験してきた諸々の感覚が記憶のなかで混ざり合い、変形されることで、かたちづくられている。ここに、村松におけるコラージュ的構造を見出すことができる。それは、記号として引用されたイメージの組み合わせではない。むしろ、対象を認知し、失い、補おうとするうちに、像が変形していく過程に現れている。
その過程をもっとも明瞭に示しているのが、映像作品《Paranoia, Phantom, Actualite, Astral Body.》(2026)である。本作の画面には、胸から上の人物像として視認されうる形象が映し出される。村松の作品には、平面であれ映像であれ、人型を思わせる形象が頻繁に登場する。人の形は、わたしたちが日常のなかでもっとも頻繁に目にする形であり、それゆえ鑑賞者は、そこに顔や身体を即座に見出してしまう。しかし、本作において人物は、明確な肖像として出現することはない。頭部、肩、胴体の輪郭はかろうじて保たれているが、顔の細部は白濁したノイズや擦過痕のなかに沈み込み、目や口といった識別のための要素は、現れては消える不安定な痕跡にとどまっている。
人物像を支えているのは、対象の再現性よりも、制作の過程で付着した複数の痕跡である。レーザープリントに由来する網点、ヤスリによって削られた白い摩擦の跡、消しゴムによるぼやけ、グラファイトによる加筆が、人物の輪郭の上に重なる。同一の人物像は、撮影、再撮影、プリント、削り、加筆、再構成を経ても、実像として定着することはない。そこに残されるのは、対象をどのように認知し、どのように見失い、どのように補おうとしたのかという履歴である。
本作における人物像は、「人の形である」と認識されるぎりぎりの水準にとどまりながらも、個別の人物として明確に同定されることはない。ここに、本作におけるコラージュ的構造が端的に現れている。すなわち、像はひとつの対象へと回収されるのではなく、記憶、記号、物質的操作のあいだに生じるズレを抱えたまま、人物像としての認識をかろうじて保っている。
既存のイメージの集積から新たな像が生成されるという点に限れば、AIが生成する画像や映像もまた、広義のコラージュと呼べるかもしれない。AIは膨大な既存の画像や映像を学習し、それらの関係を組み替えることで、新たなイメージを生成する。生成AIの精度がここまで高まったいま、イメージを生み出すことそれ自体を、人間に固有の特権的な行為とみなすことは難しい。
この状況は、村松の固有性をいっそう鮮明にする。それは、作品が社会の鏡として機能しているからでも、人間にしか捉えることのできない背景が作品の奥に隠されているからでもない。村松の作品において決定的なのは、見てしまったものを忘れきれず、しかし正確には思い出せないというズレを確かめようとする手つきが、拭いきれない痕跡として表層に残っていることである。
わたしたちは、その表層を通過して、奥に隠された村松の本質へ到達するのではない。線や色、配置によってつくられた村松の表層に目を留めるとき、記憶と図像のズレ、その歪みと残留が明瞭に立ち上がる。表層は、作品の奥へ進むために越えられるべきものではなく、作品そのものが現れる場所なのである。
隅本 晋太朗
NANZUKA UNDERGROUND(ナンズカアンダーグラウンド)
https://nanzuka.com/ja
東京都渋谷区神宮前3丁目 30-10
tel:03-5422-3877