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   <title>てんぴょう</title>
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   <title>細切れになっていく日本美術に批評は・・・</title>
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   <published>2011-04-07T06:02:18Z</published>
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   <summary>ついに御三家が全員逝った。 今更御三家でもなかろう、という声も多いだろうが、彼ら...</summary>
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      ついに御三家が全員逝った。
今更御三家でもなかろう、という声も多いだろうが、彼ら以降そのような存在になった美術批評家はいないのだから、彼らの存在の大きさはかなりのものである。

ではなぜ御三家以降、そのような存在が生まれなかったのか。
それは日本美術の状況が細切れになっていったからだと思う。
例えば絵画は、日本画・洋画だったのが洋画内で抽象画・具象画に分かれ、さらに平面というものも入り込んできた。
「絵画で具象だけど、あの具象とはまた違う新しい具象だ」のように、とにかく何かとジャンルのようなものが生まれすぎて、日本の美術は細切れの散り散りになってしまった。そしてその一片一片に批評家等書き手がくっついてる状態だ。

本来は散り散りの状況から半歩でも引いて、どうにかして全体像をつかむのが批評だと思う。
まずは全体をつかみ、そして個々へ入っていく、ということだ。

まさに活躍中であった鷹見氏も逝ってしまい、日本美術の批評の停滞は免れないのが残念。勝手に散り散りになっていく断片をつなぎ合わせる歴史意識を生み出すのは、批評の役割であるだけに。

      
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   <title>大震災の美術への影響を考える</title>
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   <published>2011-04-05T05:08:06Z</published>
   <updated>2011-04-05T05:31:18Z</updated>
   
   <summary>なんともまぁ今年初めての更新。 展覧会はそれなりに見ているのだけど、 更新までの...</summary>
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      なんともまぁ今年初めての更新。
展覧会はそれなりに見ているのだけど、
更新までの気力が生まれず。

しかし今回の大震災による影響、特に長期化が予想される計画停電が
美術にとっては長きにわたるボディーブローになる気がしてならない。
と思って久しぶりの更新。

美術を引っ張っていく美術館は、活動を縮小されるだろう。
電気を使用する作品に関しては、クレームもあるかもしれない。
新聞社文化事業部主催の、海外コレクション展は貸出しは渋られるだろうし、
派手な宣伝もできないだろう。

となるとギャラリーの出番になる。
その規模の小ささがフットワークの軽さにつながる。
数軒集まっての展覧会、もしくはチャリティーを兼ねたフェアなどなど。

大震災とは関係ないが、中原佑介、瀬木慎一という御大二人、彫刻の御大佐藤忠良、さらに中堅の鷹見明彦氏が相次いで逝ってしまったのも美術にとっては大きな出来事だった。
それについてはまた後日。
      
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   <title>目くじらだけでなく・・・</title>
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   <published>2010-12-17T06:51:40Z</published>
   <updated>2010-12-17T06:57:47Z</updated>
   
   <summary>またもや一カ月ぶりの更新。 たぶん年内最後になるのだろうけど、 来年ものんびり更...</summary>
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      またもや一カ月ぶりの更新。
たぶん年内最後になるのだろうけど、
来年ものんびり更新していく予定。
自分でもやっぱり書かないとあまりにも寂しい状況かなぁ、と思いつつ。

性への表現は常に目くじらたてて怒られてばかりだが、
ついに条例までできちゃった、しかも首都に。
漫画が重要な収入源の出版社は当然猛反発はいいとして、
案外それ以外は、まぁいいんじゃないの、的な空気。

５年後か10年後かわからないけど、
表現にかける網の目がどんどん細かく、そして網自体は大きくなりそうな予感。

では、またー

      
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   <title>光州ビエンナーレ２０１０＆釜山ビエンナーレ２０１０　後編</title>
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   <published>2010-11-08T07:30:25Z</published>
   <updated>2010-11-08T08:00:39Z</updated>
   
   <summary> ゆるやかな関係性のなかにあいまいな輪郭を描く 文●石川健次（東京工芸大学准教授...</summary>
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      <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan1.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan1.jpg" width="160" height="120" class="mt-image-none" style="" /></span>
ゆるやかな関係性のなかにあいまいな輪郭を描く
文●石川健次（東京工芸大学准教授）
]]>
      <![CDATA[<strong>■釜山ビエンナーレへ</strong>
　光州で一泊して翌早朝、高速バスを利用して釜山へ。ソウルに着いてからあいにくの雨が続いていたが、釜山市内に入るころにはすっかり晴れ上がり、絶好の行楽日和（？）となった。恒例の海岸沿いに広がる彫刻プロジェクトも、さぞかし見栄えするだろうと期待がふくらむ。
　さっそく、メイン会場の釜山市立美術館へ向かった。館内に入ると、まずクロード・レヴェック（１９５３年／フランス）のインスタレーションが、高揚する心を迎えてくれる。しばしば音や光、霧などを駆使して五感のすべてを刺激するそのインスタレーションは、見る側が身体全体で体験する刺激的な空間を生み出してきた。筆者には、昨年の第53回ヴェネツィア・ビエンナーレで見た作品が、記憶に新しい。それは、檻のような柵が張り巡らされた会場のどん詰まりに広がる闇の中に、旗が不気味に揺れているというものだった。国家へ、国民へ忍び寄る不安や危機、あるいは一つの政治形態の終焉、革命前夜をほうふつとさせた。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan02.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan02.jpg" width="225" height="300" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>クロード・レヴェックの作品</em>

　この拙文を書いている今、あのときの作品を切実に思い浮かべる。後継者問題が世界中の注目を集める隣国、あるいは投獄されている人権運動家のノーベル平和賞受賞でやはり耳目を集める隣国のことなど、近隣諸国での、あるいは私たちのこの国と近隣諸国との関係をめぐってデリケートな緊張が続いているせいかもしれない。ときに過剰に芝居じみた空間のように見えて辟易することも少なくないが、むしろ現実はこれら仮想空間よりも複雑怪奇、ドラスティックだと言えなくもない。
　今回の出品作≪Hｙmｎe≫（２００６年）は、「讃美」というような意味だろうか、光と躍動感にあふれるそれは鑑賞者を華やかに、かつ厳かに迎え、プロローグにふさわしい。だが一方、訪れた人を見下ろすように天井からつり下げられた鏡面仕上げの金属板は、輝きのなかに異様なきらめき、不穏さを漂わせ、長くそこにとどまり続ける気持ちにはなれなかった。
　ステファン・ウィルクス（１９６４年／イギリス）は、ビエンナーレのカタログなどによると、人と生活を共にしてきたロバなどの動物を題材に、ぬいぐるみにも似たソフトな彫刻をつくり続けている。今回の出品作≪Metamorphosis≫（２０１０年）は、巨大な毛虫というか、ナメクジというか、ちょっと気味が悪い生きものだ。天井から幾本もの紐で吊るされた白いその巨体は、文字で埋めつくされ、おもちゃのようであり、またコンセプチュアルな印象も備え、ユーモアや娯楽性と同時に脅威や不安、不確かな恐怖を醸し出す。矛盾し、どちらにでも取れるような仕掛けに、見る側の受け止め方も千差万別だろう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan03.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan03.jpg" width="225" height="300" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>ステファン・ウィルクスの作品</em>

　２００９年、中国・上海で創作や経済的支援、著述、展覧会企画など多彩な活動を目的に設立されたＭadeIｎは、スーゼン（１９７７年／中国）の新たな挑戦ということなのだろう。若いこの作家のことはよく知らないが、ハラルド・ゼーマンが２度目のディレクターを務めた第49回ヴェネツィア・ビエンナーレ（２００１年）などに出品している。あいにく、このときのヴェネツィアには行くことができなかったため、見ていない。
　ＭadeIｎとして参加した今回の釜山では、残骸のような細かな破片を床に敷き詰めたインスタレーション作品≪Calm≫(２００９年)を発表している。最初は、石のかけらのような破片があるだけかと思ったが、よく見ると破片が静かに上下していた。波打つように、ゆっくりと起伏を繰り返しているのである。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan04.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan04.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>MadeIｎの作品</em>

　一見、ただの廃墟のように見えて、実は静かに胎動し始めている。あるいは、平穏に見えて、実は内部では静かに炎が燃え上がりつつある。クロード・レヴェックがヴェネツィア・ビエンナーレで演じた革命前夜にも似た感想を、ここでも抱いた。それに、人はだれもその胸のうちに１つや２つの秘め事を、ひそかな熱い思いを抱いているものなのだ。

<strong>■あいまいなテーマが意味すること</strong>
　釜山ビエンナーレ２０１０の芸術監督を務めたのは、日本のインディペンデント・キュレーター、東谷隆司である。東京芸術大学卒業後、森美術館（東京・六本木）のアソシエイト・キュレーターをはじめ、釜山ビエンナーレ２００８でもゲストキュレーターを務めた経験がある。
　その東谷が掲げたテーマは、「進化のなかの生活（生）」だ。人類は、進化のなかを生きてきたし、これからも多かれ少なかれそうだろう。子供の頃、毎日の生活はそれほど変わらず、周囲の景色も対して変化していなかった気がする。田舎に住んでいたせいもあって、宅地が増えるわけでも、また数年ごとに電化製品が新しくなることもなかった。でも、いつごろからか、変化が次第に早くなってゆく。学生時代には見たこともなかったコンピューターが手元にあり、携帯電話なんかは夢の話だった。
　半世紀生きた今、あらゆることがますます猛スピードで変わってゆく。大人になって、社会の変化を敏感に感じるようになったためでもあるだろうが、社会それ自身の変化も着実にスピードアップしているのだろう。田舎の景色も、子供のころとはすっかり変わってしまったし、ついこの前まで使っていたポケベルもＭＤも、それに雑誌の『ぴあ』だって学生時代には必需品だったのに、いつの間にか私の生活から姿を消した。変化、あるいは進化を敏感に意識するようになるのは、年を重ねた必然の結果でもあるのだろう。
　今回の釜山ビエンナーレのテーマに初めて触れたとき、筆者の脳裏に浮かんだのは、そのようなごく私的な思いだった。「進化のなかの生活（生）」とは、多かれ少なかれ世の中が進化してゆくなかを、とにもかくにも生きてゆくということだ。「進化のなかを生きる」「進化を生きる」などと言い換えてもいいだろう。まさに漠然としている。どの国も地域も、そしてあらゆる人が、多かれ少なかれ進化を、あるいは変化を重ねているに違いないのだから。
　多様な解釈を誘う、あいまいにも聞こえるテーマの設定は、光州の場合と似ている。すでに触れたように、様式的、視覚的に固有のムーブメントに出合う期待を抱きにくい今、まして世界を通底するような新たな理念のメーンストリームを見出しにくい今、ゆるやかな関係性のなかにあいまいな輪郭を描くことが、むしろ個々の欲求に応えるストライクゾーンを広げ、また、かえって適切な時代の空気、雰囲気を伝えることにもなるのかもしれない。

<strong>■日用品で軽妙に、多彩に</strong>
　カダール・アッティア（１９７０年／フランス）の作品は、軽妙、ユーモアたっぷりだ。カラフルな空のレジ袋が、台座に鎮座している。自立しているような、今にもくしゃくしゃになりそうな、頼りないその風情は、かつてのヴォリューム感にあふれ、重厚長大な彫刻観とはけた違いだ。
　日用品をあっさりと、あっけないほどの気安さで登場させる手際は、トム・フリードマンに似た感じを筆者に抱かせる。気安いとは書いたが、たとえば何の変哲もない紙のように見えて、展示されている紙は実は何百時間にもわたって作家自身が見つめ続けたものだったりするフリードマンのように、見かけ以上にコンセプチュアルな背景をアッティアの作品にも感じる。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan05.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan05.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>カダール・アッティアの作品</em>

　レジ袋の後ろに、ネオン管とスプレーペイントで「DEMONCRACY」と書かれているのが、そうしたコンセプチュアルな性向を明確に示す。「DEMOCRACY（民主主義）」の「DEMO」と「CRACY」の間に「N」を入れ、「民主主義」が急きょ「DEMON（悪魔）」に転じる。善と悪、戦争と平和など、隣り合う矛盾や容易に解決できない二項対立的な問題へ、鑑賞者をストレートにいざなう。
　アッティアは、リヨン現代美術ビエンナーレ２００５で≪Flying Rats≫というタイトルの作品を出品した。残念ながら見てはいないが、仄聞するところでは、鳩のエサで作った人形と鳩を同じ檻の中に入れ、鳩がえさを食べてゆくに連れて人形が崩れ、やがて人形が着ていた服だけが残る――といった作品であったらしい。実に興味深い作品だ。カダール・アッティア、ただ者ではない。
　鳥と言えば、空っぽの鳥かごを用いて深刻なメッセージに満ちた作品を発表していたのが、カン・テフン（１９７５年／韓国）だ。天井からつり下げられた幾つもの鳥かごには、肝心の鳥は１羽もいない。部屋の中央には、爆弾のような、核のような、とにもかくにも不気味な物体が居座り、周囲の壁には廃墟と化した景色を撮った写真が張られている。部屋の隅では、可愛らしいぬいぐるみがあお向けになって横たわる。
　作品のタイトルは、≪もう鳥は歌わない≫（２０１０年）。核戦争後の世界、忍び寄る危機など、さまざまな連想に鑑賞者を導く。カタログによると、鳥かごは引きこもりなど現代のさまざまな病巣、苦悩を暗示しているのだという。引きこもりとは筆者には意外だったが、見る人それぞれ多様な感想、解釈を楽しめる作品だろう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan06.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan06.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>カン・テフンの作品</em>

<strong>■印象深い日本人作家の作品</strong>
　鴻池朋子（１９６０年／日本）は、雑誌のインタビュー記事でそのプロフィルや考えに触れたことがあった。すでに記憶はあいまいだが、東京芸大の日本画科を卒業後、おもちゃ会社に勤めて、おもちゃのデザインをしていた。芸大では、花鳥風月を黙々と描く周囲の学生に違和感を抱き、興味が持てなかった。おもちゃ会社に入って、初めてつくることに没頭した。そこでは真剣におもちゃをつくるけれども、おもちゃはあくまでも遊びの道具であって、つくる方も遊びの感覚を忘れてはいけない。いわば、真剣に遊びながら、つくるのだと......。
　確かそんなふうだったと思う。釜山に並んだ作品を見て、このときの記事を思い浮かべた。誤解を恐れずに言えば、≪Earth Baby≫（２００９年）や≪bottom≫など、出品作は一見おもちゃのように見えなくもない。もっと正確に言うと、真剣に遊びながらつくっている、言い換えれば生みの苦しみ、苦悶でさえも楽しみに変えて、とまさにそんなさまが作品からうかがえるのである。
　たとえば、≪Earth Baby≫。きらきら光る巨大な赤ちゃんの顔が、真っ暗な部屋の中央でゆっくりと回っている。周りを、星のようなきらめきが埋め尽くす。タイトルが暗示するように、赤ちゃんの顔は、地球のようにも見える。宇宙に浮かぶベビーフェイスの地球である。第一印象は奇想天外、でも次第に神話か英雄譚のような壮大な叙事詩みたいにも映り始める。
　大がかりなインスタレーションふうのおもちゃ、といった風情を漂わせつつ、どこか不穏な空気が部屋には充満している。≪bottom≫にいたっては、子供が腰かけているのだが、その子供には上半身がない。下半身だけだ。もちろん、人形だけれども......。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan07.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan07.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>鴻池朋子の作品</em>

　いずれもユーモラスで、オーセンティック（真正な）な印象とは裏腹な、むしろ
キッチュな彩りを前面に押し出しながら、どこか深刻で切実な思いのありったけが塗りこめられていると言えばいいだろうか。真剣に遊びながらつくる、その態度のなかにあるいい加減――良い加減という意味、念のため――、そして硬軟織り交ぜたふところの深さが、相反するイメージや矛盾をどちらかに偏ることなく、あるいは冗談過ぎず、深刻過ぎもせず、まさにちょうど好い塩梅に作品を導いている。
　人形の髪の毛で空間を埋めるインスタレーション作品の≪BIRTH≫（２０１０年）を発表したのは、アリス・アンダーソン（１９７６年／イギリス）だ。用いた髪の毛は３０００メートルに及ぶらしい。人形とたわむれた自身の幼少期の記憶が、見る側の記憶ともシンクロする。以前、男性を装って男風呂に侵入し、なかの様子を盗み撮りしたビデオ作品をヴェネツィア・ビエンナーレに出していたカタリーナ・コズィーラ（１９６３年／ポーランド）の今回の出品作は、２００２年に発表した映像作品≪The Rite of Spring≫の２００６年ヴァージョンである。
　ヴェネツィア・ビエンナーレの作品もユニークだったが、今回の作品も印象深い。裸の男女が軽快な――というか熱狂的な――音楽に乗って踊る、というよりも踊り狂う。まるで、"踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損々"とでも言うようだ。あらゆる自由を訴え、希求する思いが、彼女の作品には通底する。今回の作品には、性転換へのまなざしが色濃く反映されているようだ。あらゆる差別、好奇の目と闘う人たちへのまなざしでもあるだろう。
　ちなみにこの作品は、タイトルも示すとおり、ストラヴィンスキー、ニジンスキー、ディアギレフが提唱した総合芸術（音楽＋美術＋舞踊）としてのバレエに強く影響を受けているという。映像のなかの熱狂的な音楽、あるいは激しい身振りも、ストラヴィンスキーやニジンスキーらが大胆に演じた不協和音や不調和な動きに触発されたものなのだろう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan08.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan08.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>アリス・アンダーソンの作品</em>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan09.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan09.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>カタリーナ・コズィーラの作品</em>

　ディン・Ｑ・リー（１９６８年／ヴェトナム）の≪The Farmers and The Helicopters≫（２００６年）は、ヴェトナム戦争を経験した世代に刻印され続ける傷痕を告発する。ヘリコプターは、たとえば農業に従事する者にとって有益なはずなのに、そうした世代には殺人の道具としか映らない。シン・ムキュン（１９７０年／韓国）≪Ourcontemporaries in BUSAN≫（２０１０年）は、ＩＴ社会の単調な日常、あるいは非個性的、均質に陥りがちな都市生活の日常をコミカルに、淡々と暴露する。
　名和晃平（１９７５年／日本）は、今回のビエンナーレで秀逸な印象を残した１人である。絵画、映像、インスタレーションと異なる形式を通して、それぞれ生命の生成と生滅、あるいは生命の源泉への関心など、さまざまな思索を誘発する文字通り創造的な環境、空間を創出した。科学との融合をあらわに、緻密に組みたてられた思索の階段への仕掛けは、シャープでアクチュアル、エレガントでもある。
　とりわけインスタレーション作品のなかで消滅を繰り返すライトブルーの気泡は、いつまでも見つめていたい衝動に筆者をいざなったばかりか、見終えた後も余韻のなかに筆者を押しとどめ、その余情は拙文を書いている今も残り香のように脳裏にこびりつく。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan010.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan010.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>名和晃平の作品</em>

<strong>■顔をのぞかせる多彩な歴史への関心</strong>
　Ｄザイン（１９７０年／アメリカ）の≪Infinite Maharishi(After Yayoi Kusama)≫（２００９年）は、タイトルも示すように、草間彌生へのオマージュ的な作品だ。歴史化された日本の巨匠を思い、しばし感慨にふけった。近代以後、日本のアートが歩んだ苦渋と模索の軌跡を思いつつ......。
　ビデオ・アートの第一人者で知られるビル・ヴィオラ（１９５１年／アメリカ）は、≪Bodies of　Light≫（２００６年）など２つの映像作品を出品している。死と再生をテーマに掲げる≪Bodies of　Light≫は、こちらを向く男女の目の前を神々しい光が上下する。21分余りにわたって、鑑賞者はひたすら光の上下を目にし続けるわけだが、よく見ると背後の男女はそのつど表情や姿態に微妙な変化がうかがえ、そこに輪廻生死の永遠のときが刻まれる。
　風光明媚な海岸リゾートで知られる海辺の砂浜を舞台に繰り広げられる恒例の彫刻展示に目を移そう。メイン会場の釜山市立美術館での展示をたっぷり楽しんだあと、ついでに海の幸も十分に味わい、ぐっすり眠って迎えた釜山での２日目、地下鉄を乗り継いで訪れたそのリゾートは、真っ白な砂浜を見下ろすようにホテルが建ち並び、好天にも恵まれたせいか早朝にもかかわらず多くの人でにぎわっていた。13点の作品が、砂浜に沿って点在する。
　釜山を拠点に活躍するベテラン彫刻家、キム・ジュンミョン（１９４５年／韓国）の≪Head Series≫(２００４～２００５)は、彼の代表作と言える作品だ。書籍や電化製品など日常にあふれる、あるいは見知ったさまざまな品々で肉づけされ、かたちどられた幾つかの巨大な人の頭部が、海を睥睨するように並ぶ。品々はどれもブロンズに置き換えられてはいるが、だれの目にもそうと分かるほど明瞭だ。どれもこれも、人間が長い歴史のなかで生みだしてきたものに相違ない。釜山ビエンナーレのテーマに沿って言い換えれば、人類の進化を凝縮し、鮮やかに視覚化する試みと言っていい。
　さて、釜山ビエンナーレの会場を一巡して、１つの感想がこみ上げる。たとえば、地球の歩みや社会、生活の軌跡、あるいはごく私的な個人史とでも呼べるようなものなど、関心の矛先は作家それぞれ異なってはいるけれども、多かれ少なかれ個々の作家にそれぞれ特有の歴史への関心が見え隠れする。
　具体例をさらに挙げると、ピオトル・ウクラネスキ（１９６８年／ポーランド）の≪無題（握りこぶし）≫（２００７年）は、文字通り巨大な握りこぶしが造形化されている。これまで作家は、ポーランドの政治、民族問題を題材に、社会的、政治的メッセージにあふれる作品を発表してきた。高さ５ｍ５１㎝に及ぶ巨大なゲンコツは、故国がかつて経験した暴力的な脅しや弾圧、あるいはそれらへの怒りの象徴として屹立する。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan011.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan011.jpg" width="225" height="300" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>ピオトル・ウクラネスキの作品</em>

　歴史への関心を最も象徴的にあらわにするのは、ザドク・ベンーダヴィッド（１９４９年／イエメン）であろう。≪Evolution and Theory≫（１９９７年）は、12㎝から２ｍ61㎝までのさまざまな高さの大小２５０体の薄っぺらな彫刻が、広い部屋いっぱいに展示されている。タイトルも示すように、類人猿から人間まで、進化の過程を追うように時代ごとの人の姿が描かれるほか、人類が生み出してきたさまざまな品々、発明がそこかしこに並ぶ。まさに進化の軌跡、換言すれば人類の歴史そのものである。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pusan012.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/pusan012.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>ザドック・ベンーダヴィッドの作品</em>

　テーマのあいまいさについてはすでに触れたが、多様な解釈を誘うテーマだからこそ、個々の作家にそれぞれ特有な歴史への関心を呼び起こしたのだろう。進化と歴史とはほとんど同義、あるいは表裏にも思えるが、ビエンナーレを通覧して筆者はあえてそこから浮かび上がる印象を歴史と呼んでみたい。こうした多様な歴史への関心は、言うまでもなく個々の作品にアプローチするうえでも格好の指針となる。
　ただ、釜山でも、すべての作品に通底する様式や技法、素材など一定の筋道は見いだせないし、歴史への関心も程度にはそれぞれの作品で雲泥の差がある。それでも、百花繚乱のごとくイメージがあふれる光州ビエンナーレと並べてみるならば、毎日新聞への寄稿（2010年10月21日付け夕刊文化面）のなかでも触れたように、筆者は次のように言ってみたい。「例えば、光州をイメージの『デパート』と呼ぶなら、釜山は矛先こそ異なってはいるけれども、歴史への関心を共有する『専門店街』と言えるだろうか」と。
　今年は、東アジアで大規模な国際美術展が相次いで開催されている。日本の瀬戸内国際芸術祭、あいちトリエンナーレ、そして韓国での２つのビエンナーレに続いて、中国で上海ビエンナーレも始まった。瀬戸内国際芸術祭は、アートを通して過疎化の進む瀬戸内の島々の魅力を再発見しようともくろむ。あいちトリエンナーレは、美術のほかに演劇やダンス、オペラなど多彩なジャンルを盛り込み、クロスジャンルのスケールメリットを利用して差異化を図る。
　「大きな物語の凋落」と「小さな物語の林立」や脱中心、脱領域などの兆候で語られたときを経て、世界を通底する新たな動向、テーマと出会う期待がますます持ちにくい今、国際美術展はかつてのようなお決まりのテーマ主義や最新作重視など従来型からの逸脱を多彩に試みる。あふれるイメージに改めて向き合うことから、あるいは歴史への関心を手掛かりに、今回の光州や釜山も新たな国際展へ向けて果敢な試行錯誤を試みた。継続のなかで、確かなホップ、ステップ、ジャンプを――。
　　　　　　　　　　　　　　＊
　光州ビエンナーレは、光州市内の専門展示館をメーン会場に11月７日まで。釜山ビエンナーレは、釜山市立美術館をメーン会場に11月20日まで。


＊撮影はすべて石川健次]]>
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   <title>光州ビエンナーレ２０１０＆釜山ビエンナーレ２０１０　前編</title>
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   <published>2010-11-01T07:37:43Z</published>
   <updated>2010-11-01T08:04:32Z</updated>
   
   <summary> 薄れていくメッセージ性 文●石川健次（東京工芸大学准教授） ...</summary>
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      <category term="Web展評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu0.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu0.jpg" width="171" height="128" class="mt-image-none" style="" /></span>
薄れていくメッセージ性
文●石川健次（東京工芸大学准教授）
]]>
      <![CDATA[　韓国で光州ビエンナーレと釜山ビエンナーレが開催中だ。同国では最大規模の国際美術展で知られる両ビエンナーレは、光州が８回目、釜山が５回目を数える。１９９０年代以降、多文化主義の台頭やアートによる街の再生への気運を背景に、新たな国際展が世界各地で相次いで誕生した。両ビエンナーレは、とりわけ東アジアでのそれらの先駆的、代表的存在として着実な歩みを続けている。ほぼ毎回、現地を訪れてきた筆者は、今回もオープン間もない9月上旬に当地を訪ね、アップ・トゥー・デイトな作品を楽しんだ。以下に今回の特色や主な作家、作品など、印象に残るトピックのいくつかを紹介しよう。

<strong>■写真、映像、パフォーマンス......</strong>
　今回の訪問では、成田を発って、まずソウルに向かった。光州、釜山を訪れる前に、ソウルで開催中の「韓国国際アートフェア（ＫＩＡＦ）」を見るためだ。9回目を迎えるＫＩＡＦだが、筆者には初体験である。かねてからその規模の大きさ、活況は耳にしていた。実際に訪れてみて、想像以上の規模だったというのが実感だ。
　日本でもアートフェア東京など、数多くのアートフェアが開かれている。たとえば現在、日本最大規模のアートフェアで知られるアートフェア東京には今年（２０１０年４月開催）、海外９都市を含む国内外から１４０軒近いギャラリーが参加した。ところが、ＫＩＡＦには国内外16か国から２００軒近いギャラリーが参加していた。会場も広く、そのぶん各ブースも広かった気がする。
　ビッグネームももちろん見られたが、むしろカッティング・エッジな現代アートがあふれ、泰西名画、骨董の類はほとんどない。現代アートへ寄せる韓国国内の美術関係者の意気込み、あるいは現代アートの受容のありさまが、ほうふつとさせられた。とはいえ、現地で会った、何度もＫＩＡＦに足を運んでいる日本の美術関係者によると、かつてほどの活況はないそうだ。とりわけ、リーマン・ショック以降、韓国のアート市場もなかなか苦しい状況のようだ。ソウル以外に、光州や釜山でもアートフェアが始まり、観客の関心も分散傾向にあるという声も聞いた。
　その日はソウル市内に泊まって、翌朝早く、韓国高速鉄道（ＫＴＸ)で光州へ向かった。到着するや、さっそくタクシーでビエンナーレ会場へ。メーン会場の専門展示館には、例年通りアドバルーンが空高く浮かび、期待で高揚する心をいっそうかきたてる。会場入り口でリュックサックを背中にではなく、おなかの方で抱えるようにと注意を受け、さっそく中へ。
　まずは、キム・サンギル（韓国／１９７４年生まれ）の写真、ブルース・ナウマン（アメリカ／１９４１年）の映像、サーニャ・イヴェコヴィッチ（クロアチア／１９４９年）のパフォーマンスと続く。新鋭、ベテラン入り混じるイントロだが、写真はともかく、冒頭から映像、パフォーマンスと気の短い筆者にはやや気のりしない作品が相次ぐ。目や鼻など顔をスローモーションで映し続けるナウマンの映像は、52分！　1日しか見る時間のない筆者には、酷な長さだ。家に持って帰って、ゆっくり眺めることができたらいいのに......。
　イヴェコヴィッチのパフォーマンスは、１９８０年の光州事件に材をとった新作≪On the Barricades≫だ。膝くらいの高さの四角いステージに、10人近くの若い男女が思い思いに座っている。そう、ただ座っているだけ。「？」と思っていると、そのなかの1人が鼻歌を歌い始めた。鼻歌と言うか、いわゆるハミングである。周りの壁には、光州事件で犠牲となったと思われる人たちの写真が張られている。ハミングは、事件当時の流行歌らしい。
　光州事件当時、流行歌を口ずさみながら、多くの人たちがバリケードに参加したのだろう。知人がこの作品を見たときには、演じているのは若い男女ではなく、おばちゃんたちだったそうだ。いろいろな人が参加、協力しているのだろう。イヴェコヴィッチは、ジェンダーやアイデンティティーなどを主題に、コンセプチュアルな写真や映像、パフォーマンスで知られる。今回の作品も、印象に残る作品だ。

<strong>■跋扈する複製文化</strong>
　マイク・ケリー（アメリカ／１９５４年）のインスタレーションなどを見て、フランコ・ヴァッカリ（イタリア／１９３６年）の作品が並ぶ部屋へ。１９７２年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表した≪leave on the walls a  photographic trace of your fleeting Visit≫の再制作である。タイトルからも分かるように、つかの間の滞在の痕跡を写真で壁に残せと迫る参加型の作品だ。日本でもよく見かけるような、お金を入れて証明写真を撮る自動撮影装置が２台、会場の片隅に置かれている。ただし、お金はいらない。
　すでにたくさんの人が撮影の順番を待っていた。撮影が終わると、装置から４枚セットの証明写真が２組出てくる仕組みだ。そのうち１組は、タイトルどおりに会場の壁に張って、そこを訪れた痕跡として残してゆく。もう１組は、記念（？）に持ち帰ることができる。筆者も当然、チャレンジした。ただし、なかなか撮影の順番が回ってきそうになかったので、いったんその場を離れ、後ほど再び戻って撮影した。１組は壁に、もう１組は今も手もとにある。
　さらに進むと、大きな部屋にフィシェリ＆ヴァイス（いずれもスイス／フィシェリが１９５２年、ヴァイスは１９４６年）の写真を用いた作品が並ぶ。≪Visible World≫と名づけられたこの作品は、１９８６年から２００１年にかけて、20年近くの間に２人が世界中を歩くうちに撮影した３０００枚のスナップショットが、長さ28メートルを超える長大なライトテーブル上に整然と並んでいる。
　ピラミッドやありきたりの街の景色、山岳風景など、おそらく観光や仕事などで訪れるたびにシャッターを切ったに違いないさまざまな風景が登場する。どれも特段珍しいというか、凝ったものはなく、ふだんの彼らの仕事を思わせるような日常的な光景ばかりだ。でも、これだけ大量に並ぶと、それだけでも壮観だ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu2.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu2.jpg" width="151" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>フィシェリ＆ヴァイスの作品</em>

　膨大な写真、そこに切り取られた世界の景色に、スーザン・ソンタグの言葉を思い浮かべた。「写真を収集することは、世界を収集すること」「今、あらゆるものは写真になるために存在する」（『写真論』）。跋扈（ばっこ）する複製文化、その筆頭に挙げられるのが写真だろう。私たちの生活は今や、否応なしに写真が紡ぐイメージに支配され、一方ではシャッターを切ることで容易にイメージを生み、ネットを通じて流布させることも可能だ。真っ暗な部屋で、ライトテーブルに照らされた写真だけが煌々とその存在を主張する、否、写真だけが意図的に誇張されて見えるこの作品に、巨大メディアにのし上がった写真の勢いを改めて思う。ただ、いくら膨大な量とはいっても、すべてではない。世界が収集されたわけではない。
　やがて、ドキュメンタリー写真家として著名なウォーカー・エヴァンズ（アメリカ／１９０３～１９７５年）の写真と、それらを複製したシェリー・レヴィン(アメリカ／１９４７年)の写真が左右に対比されて並ぶ。レヴィンの作品は、作品集から複製する段階で意図的に質の低下が行われ、文字通り「複製技術としての写真」の本性に見る側の関心を誘う。
　歴史的な傑作を剽窃するレヴィンの作品は、オリジナルもコピーも入り乱れ、それらのどちらでもないシミュラークルがポストモダンには支配的になると言ったジャン・ボードリヤールの言葉をほうふつとさせもする。学生の頃、レポートを書くのに孫引きばかりしていたけれど、あれもシミュラークルだったのかもと自身の不勉強を棚に上げ、つい妄想にも似たあれこれに思いをはせた。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu3.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu3.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>シェリー・レヴィンとウォーカー・エヴァンズの作品</em>

<strong>■より開かれた存在へ脱皮する光州ビエンナーレ</strong>
　アンディ・ウォーホルの作品をやはり剽窃するエレイン・スタートヴァント（アメリカ／１９３０年）の作品なども併せて、跋扈する複製文化への関心がそこかしこで垣間見られる。とはいえ、今回の光州ビエンナーレのテーマがそれと深くかかわっているわけではない。むしろ、テーマは見えないというのが実感だ。否、この言葉は正確ではない。正確さを欠く理由については後ほど触れることにして、まず――これだけ書き進んできて「まず」でもないが......――今回のビエンナーレが公式に掲げるテーマについて触れよう。オッとその前に、まだ芸術監督の紹介もしていなかった。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu4.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu4.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>エレイン・スタートヴァントの作品</em>

　今年の光州ビエンナーレは、イタリア出身のマッシミリアーノ・ジオニを芸術監督に迎えた。ナイジェリア出身だった前回のオクイ・エンヴェゾーに続けて、現在はニューヨークを拠点に活動するキュレーターである。ジオニが掲げたテーマは、「一万の命」。無数の人々の多様な生を連想させるテーマは、言い換えれば普遍的、通底する理念の不在を暗示するようなものだ。
　結論から言うと、会場に並ぶすべての作品に通底する理念、形式や内容を見出すのは困難だろう。テーマは見えない、と注釈付きではあるが、書いたのはそのためだ。ジオニ自身、テーマに触れて、毎日たくさんのイメージが生産され、消費されているイメージ過剰の時代を検証したい、といった意味のことを地元紙などに語っている。跋扈する複製文化ではなく、強いて言えば、氾濫するイメージ、現代アートが生みだす多様なイメージこそがもくろみと言えるだろうか。
　会場に並んでいるのは、カッティング・エッジな作品はむしろ少ない印象を受ける。冒頭で、「アップ・トゥー・デイトな作品を楽しんだ」と書いたが、それもさっそく訂正しなければならないかもしれない。時代は20世紀初頭から現在まで、作品は絵画や彫刻などかつてファインアートと呼ばれていたものをはじめ、写真や映像、インスタレーションなど、新旧織り交ぜて多彩な形式が百花繚乱のにぎわいを演じているのだから。ジオニの言葉に沿えば、むしろこう言ったほうが妥当だろうか。もくろみ通りの展示である、と。
　企画意図を斟酌（しんしゃく）すれば、通底するテーマはむしろ夾雑物と呼べるかもしれない。一言でくくられるようなテーマとは無縁な現代アートの現状をこそ俎上に挙げているだから、あいまいにも聞こえるテーマはかえって適当と言っていいのかもしれない。テーマは見えないという言葉が正確ではないと言ったのは、それが理由だ。
　光州事件など韓国では民主化運動の聖地として知られる光州の地で開催されるビエンナーレは、創設当初からテーマの設定に民主化や人権問題を色濃く反映してきた。１、２回目は、特にそうした傾向が強かったように思う。しかし、回を重ねるごとにその傾向は薄れ、直近の1年間に世界各地で開催された展覧会の再展示を中心に構成された前回のビエンナーレなどは、多文化主義の台頭に後押しされたかのようにそうした傾向は相対化され、一つの要素に囲い込まれた印象を受けた。
　もっとも、すでに紹介したサーニャ・イヴェコヴィッチのパフォーマンスをはじめ、かつての中国での過酷な小作農民の生活を１００体余りの彫刻で再現した作品や、民主化運動のなかで散った学生運動家の肖像を用いたチェ・ビョンス（１９６０年／韓国）の作品など、民主化や人権問題を扱う作品は今回も展示されている。その鮮明なメッセージ性に支えられ、訪れた人の関心も深いように思われた。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu5.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu5.jpg" width="151" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>チェ・ビュンスの作品</em>

　だが、芸術監督のジオニが語った言葉が暗示するように、民主化や人権問題への関心は常に懐に大切に抱きつつも、光州ビエンナーレはむしろ多様化、拡張するアートそれ自身に矛先を向け、より開かれた存在へ脱皮し続けたいと願っているように筆者には映る。

<strong>■指針なき時代の国際展</strong>
　開かれた存在へと脱皮を繰り返す光州ビエンナーレといえども、一人の芸術監督を中心に企画を進めてゆく手法を採用しているため、ときに恣意的に映ることもあるだろう。そもそも、アートが個人的趣味の顕現や受容だとすれば、個人的趣味のダイナミックな発露としての国際展が、ときに普遍性や広範な説得力を持ちえないとしても不思議はない。
　リニアな進化が期待され、信頼もされているならともかく、「大きな物語」の凋落や、それに伴う「小さな物語」の林立が叫ばれたときを過ぎて、通底する新たなストーリーに出合う困難さはだれの目にも明らかだろう。テーマ主義やカッティング・エッジな作品重視など、スタンダードともなっていた従来型の国際展が標榜する指針は、万人を虜にする魅力も、絶対的なパワーも失ってしまったのかもしれない。多文化主義やポリティカル・コレクトネスなど、21世紀を迎えるころまでは確かに頻繁に耳にする言葉があったような気がするけれど......。
　さて肝心の作品に話を戻そう。ガムテープや段ボール、マネキンなど日常にあふれる素材で空間を埋め尽くすインスタレーションで知られるトーマス・ヒルシュホルン（１９５７年／スイス）は、２００６年制作の≪Embedded Fetish≫を出品している。フランスのアート界で目覚ましい活躍をした作家に贈られるマルセル・デュシャン賞を２０００年に、２００４年にはヨーゼフ・ボイス賞を受賞するなど、実力、人気ともに群を抜く作家だ。仄聞（そくぶん）したところでは、パリで開催された展覧会に出品した作品が母国スイスを侮辱しているとして、スイスの国会で論議の的になるなど話題には事欠かない。それだけビッグだということだろう。
　≪Embedded Fetish≫は、大きな壁一面を無数のマネキンの頭部が埋めている。マネキンにはそれぞれたくさんのクギやビスが打ち込まれ、痛々しい。それだけでも異様だ。そのうえさらに、ところどころに自爆テロの犠牲となった人たちの無残な姿を撮った写真が張られている。血を吐き、めちゃめちゃに破壊された肢体をさらしたそれらの写真を目にして、思わず横を向いた。マネキンやクギなどチープな素材が、異様なはずの光景を――どこか遠くの、きっと対岸の火事みたいなものだったはずなのに――隣合わせの恐怖へと変えてしまう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu6.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu6.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>トーマス・ヒルシュホルンの作品( 部分）</em>

　ポーランド系ユダヤ人の両親のもとに生まれたグスタフ・メッツガー（１９２６／ドイツ）は、ホロコーストなど歴史上の悲惨な出来事を告発する写真のシリーズを並べている。資料によると、12歳のときにユダヤ人の子供を受け入れる運動によって救われ、イギリスに亡命したという経験を持つこの作家にとって、その体験や記憶が癒やされるときはおそらく来ないだろう。他者の想像をはるかに超えているに違いないそうした体験や記憶と向き合うのは、愉快であるはずがない。でも一方、そうした体験や記憶が地上から年々薄れてゆくのは堪えがたいにも違いない。
　出品されているシリーズは、現在も進行中らしい。写真を覆い隠すように張られた幕や筵（むしろ）のようなものをめくって、私たち見る側は初めて作品と対面する。見るというよりは、のぞくと言ったほうが適当だろう。覆い隠す、あるいはめくる、のぞくという行為に、忘れ去ってしまいたいほどの痛みと、歴史のなかに埋もれてゆく不安との葛藤が見え隠れする、筆者にはそんなふうに映る。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu7.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu7.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu8.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu8.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>グスタフ・メッツガーの作品</em>

<strong>■時空を超えた共演</strong>
　アンフォルメルの大家で、厚塗りのシリーズ作品≪人質≫でとりわけ知られるジャン・フォートリエ（１８９８～１９６４／フランス）の１９４３年の作品をはじめ、オプティカル・アートで知られるブリジット・ライリー（１９３１年／イギリス）の近作（２００４年）など、筆者が学生時代にすでにスタンダードな美術史のなかで親しんだ大御所、傑作とも出会う。緩やかな曲線を奏でる色帯の複雑な重なり、連なりが目を翻弄するライリーの≪Painting with Two Verticals≫は、作家の創造力が今も清新さを失っていないことを告げている。
　時代は20世紀初頭から現在まで、作品は絵画や彫刻などかつてファインアートと呼ばれたものをはじめ、写真や映像、インスタレーションなど、新旧織り交ぜて多彩な形式が百花繚乱のにぎわいを演じる。今回の光州ビエンナーレのこうした趣向は、フォートリエやライリー、さらに言えばドキュメンタリー写真のリー・フリードランダー（１９３４年生まれ／アメリカ）ら大家が、冒険途上の新鋭や最近の国際展での常連作家などに交じって、時空を超えた共演を見事演じきっているからこそ実現したとも言い換えられるだろう。
　大家と言えば、１９５０年代の「実験工房」の時代からテクノロジーが切り開く新たなアートの可能性を追い求めている山口勝弘（１９２８年／日本）や、まさにその「実験工房」（北代省三、大辻清司、山口勝弘／１９５１～１９５８）など、日本からの出品者、出品作も見逃せない。画家の福島秀子や音楽家の武満徹らも参加していた「実験工房」からは、１９５５年制作の映像作品≪銀輪≫が出品され、上映されている。35ミリフィルムで撮られた12分足らずのこの作品には、颯爽と風を切って走る自転車にあこがれる少年の期待や夢に交じって、高度成長への無限の期待やテクノロジーへの信奉、科学とアートとの共存共栄など、時代の息吹や背景、さらに当時のアヴァンギャルドな世代が共有していたのであろう心情が色濃くにじむ。短気な筆者も、飽きることなく最後まで見入った。
台頭するネオ・コンセプチュアルな作品
　印象深い作品を、さらにもう２つ、３つ挙げよう。映像やパフォーマンス、インスタレーションなど多彩な表現を続けるポール・マッカーシー（１９４５年／アメリカ）の作品は、１９９０年に発表された可愛らしいおもちゃの人形だ。でも、おなかの部分が切り裂かれ、なかをのぞくと臓器が......。ユーモアとグロテスクな印象が同居する。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu9.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu9.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>ポール・マッカーシーの作品</em>

　郵便配達や家具デザイン、庭師などさまざまな職業を経てアーティストになったというユニークな経歴の持ち主、マウリツィオ・カテラン（１９６０年／イタリア）の≪無題≫（２００８年）は、絵画の額のような大きな木枠のなかで、キリストのような人物がはりつけになっている。ただし、人物は見る側に背中を向け、キリストの受難を思わせるというよりはむしろユーモラスで、笑いを誘う。聞けば、最近の国際展では常連と言ってもいいカテランは、スタジオを持たず、自分では制作しないのだとか。まさに究極のコンセプチュアル・アートと言えるだろうか。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu10.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu10.jpg" width="151" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>マウリツィオ・カテランの作品</em>

　マッカーシーやカテランは、しばしばネオ・コンセプチュアリズムと呼ばれる昨今の動向を体現する作家のように言われる。純粋に概念に昇華していたはずのコンセプチュアル・アートは、ポストモダンを背景に多様化、拡張し、視覚的にもさまざまな表現が試みられているようだ。反物質、非物質を標榜して観念性を重視したかつてのコンセプチュアル・アートは、文字の使用が典型的であるように、そうした明瞭な志向が見る側の眼にも明らかだったように思う。
　だが、多様化、拡張されたネオ・コンセプチュアル・アートに視覚的な類似性は見えにくく――見えないというのがまさにコンセプチュアルとも言えるだろうが――そもそも広義にはいわゆるテーマを含めてコンセプトのない作品はないとも言えるわけだし、少なくとも激しく奇抜に現在進行中の彼らの作品を狭義な意味でネオ・コンセプチュアリズムとグルーピングする無謀は控えたい。
　それにしても、一見すると置物のようなジェフ・クーンズ（１９５５年生まれ／アメリカ）の作品≪Ushering in Banality≫(１９８８年)は、キッチュの雰囲気を醸し出しながら愛らしく、すっと心になじむ。クーンズの全作品に通底する思い、つまり見る側とのコミュニケーション、ダイアローグを最重要視するクーンズの願望をコンセプトと呼べば、クーンズ作品はまさに極上美味なコンセプチュアル・アートとも言えるだろうか。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kohshu11.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/kohshu11.jpg" width="268" height="201" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>ジェフ・クーンズの作品</em>

＊撮影はすべて石川健次]]>
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   <title>約2か月振り</title>
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   <published>2010-10-27T08:18:11Z</published>
   <updated>2010-10-27T08:25:03Z</updated>
   
   <summary>ワールドカップ写真集にかかりっきりになってたら、 こちらを2か月も放置してた。 ...</summary>
   <author>
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   </author>
   
      <category term="編集長日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.art-index.net/tenpyo/">
      ワールドカップ写真集にかかりっきりになってたら、
こちらを2か月も放置してた。
時折画廊には見に行ってるけど、美術館にはぜんぜん・・・。
というのも正直、見に行きたくなるモノがないので。

最近は、高島屋（日本橋、新宿）を立て続けに。
ほんとデパートも変わった、いや変わらざるをえないのか。
丸山直文、小林孝亘などが日本橋のメイン画廊で見れるとは想像もしてなかった。
で、別室では袴田京一朗だし。
一昔前の銀座の画廊のようだった。
で、新宿のほうでは和田ちゃんのインスタレーション。
新宿は当初から、いわゆるデパート絵画はしないという方針なのだけど、
インスタレーションもおっけーとは。

ところで、来週あたり、釜山・広州のビエンナーレ記事アップ予定。
もちろん、俺が行ったのではありませーん。

ではではー
      
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   <title>保守が強くてこそ</title>
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   <published>2010-08-31T07:09:04Z</published>
   <updated>2010-08-31T07:16:43Z</updated>
   
   <summary>さすがに猛暑のボディーブローが効いてきた。 日々ぼんやりしっぱなし、ぱなし。 ベ...</summary>
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      <category term="編集長日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.art-index.net/tenpyo/">
      さすがに猛暑のボディーブローが効いてきた。
日々ぼんやりしっぱなし、ぱなし。

ベルサイユ宮殿での村上隆さん個展に対して、
いわゆる保守系団体から猛烈な反対の声があがってるとのこと。
一方、フランスではアニメのイベントも盛ん。

このバランスが、多様な文化を生む土台なのでしょう。
これ最高！対それ最低！
やんややんやと賑やかな中で、育ち廃れを繰り返す。

とりあえず作品破壊、とかにはならないよう願ってます。

では、またー
      
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   <title>フィルムとデジタル</title>
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   <published>2010-08-20T07:44:48Z</published>
   <updated>2010-08-20T07:51:07Z</updated>
   
   <summary>先日、ワールドカップ写真集すべて下版。 ハードカーバー約250ページ、厚さ約3セ...</summary>
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      先日、ワールドカップ写真集すべて下版。
ハードカーバー約250ページ、厚さ約3センチというなかなかのものになった。

今回は写真家清水和良さんの、写真集でもある。
清水さんは、最近までずっとフィルムで撮っていた。
しかしデジタルに移行しないければ、ということになり写真集も最近の写真はデジカメである。

これは見ればすぐわかるのだが、フィルムのほうがより人間の目に近い。
デジタルはすべてがクリアすぎて、薄気味悪いところがある。

清水さんにきいたところ、各メーカーはフィルムには戻れないので、デジタルでいかにフィルムの味わいをだすか、という目標を掲げているそうだ。

レコードがＣＤに変わったことを、ある音楽評論家は単に容量がでかくなっただけで、それ以外いいことはなにもなかった、と言った。
デジタルカメラは、どう評価されるのだろう。

では、またー
      
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   <title>これも流れか・・・</title>
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   <published>2010-07-28T07:42:43Z</published>
   <updated>2010-07-28T07:51:10Z</updated>
   
   <summary>先日、新世代への視点の初日へ。 いわゆる十画廊。 若い美術家が銀座を離れだしてし...</summary>
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      先日、新世代への視点の初日へ。
いわゆる十画廊。
若い美術家が銀座を離れだしてしまったが、それでも出品作家は80年代前半生まれが多かった。
まだすべて見ていないが、作品内容もいいと思う。

ただ、合同で開かれたオープニングに人が少なかった。
以前は入れ替わり立ち替わりで、会場は混雑してたのになぁ、と。
雑誌関係はほぼ皆無だったし、学生もちらほら程度だったような。

これも流行だし、仕方ない、という割り切りもできるが、
求心力を取り戻す努力も、もう少し欲しいかな、とも思った。

では、またー

      
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   <title>〈追悼　針生一郎〉</title>
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   <published>2010-07-08T06:28:11Z</published>
   <updated>2010-07-08T06:58:43Z</updated>
   
   <summary> 批評とは絶えず&quot;いま&quot;と対峙すること ─美術評論家・針生一郎氏の死に際して 文...</summary>
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      <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="hariu1.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/hariu1.jpg" width="160" height="120" class="mt-image-none" style="" /></span>
批評とは絶えず"いま"と対峙すること
─美術評論家・針生一郎氏の死に際して
文●藤田一人（美術ジャーナリスト）]]>
      <![CDATA[<strong>■日本の美術ジャーナリズムの未成熟と、それに伴う美術批評の立脚点の曖昧さを指摘</strong>

　2010年５月26日、美術評論家の針生一郎氏が亡くなった。私も雑誌編集者として、美術ジャーナリストとして、針生氏とは何かと付き合いがあり、その死に際して思い出すことも多々ある。そして31日通夜から帰宅した後、故人の著書を何冊か取り出し、幾つかの文章を懐かしく読み返した。その内の一冊が「戦後美術盛衰史」（1979年、東京書籍刊）。同書を最初に読んだのは、大学生時代だっただろうか。敗戦による国土の荒廃から立ち上がり、高度経済成長を経て、経済大国へと変貌を遂げていく社会状況と歩調を合わせるように展開してきた戦後日本美術のあり方と取り残された課題を、一批評家の体験を軸に捉える。針生氏の著作のなかでも代表作といっていいだろう。
　そんな本のページをペラペラと捲るうちに、ふと目が留まったのが、最終章の1970年代初めに起こった"絵画ブーム"なる現象に関する考察。そこで美術団体を中心とする画壇同様、美術市場の閉鎖性を問題として取り上げる批評家は、その諸悪の根源の一つとして、当時数々立ち上がった「コレクターのための美術雑誌」を挙げる。
「もともと美術界には、出版社発行の商業誌のほかに、作家の拠金や作品寄付、一定部数の買いとりを条件に、その作品の図版や記事を掲載して経営してきた、少なからぬ業界誌があるが、後者の基盤から六○年代半ば以後、画商から広告料をとって、その推薦作家の作品図版をのせるのを経営の基本とする、コレクターのための美術雑誌がいくつも出現した。（略）これらの業界誌、コレクター誌では、言論機関と商売のけじめがあいまいだから、画壇的権威や市場のからくりには無批判だし、『具象』絵画以外の美術動向はまったく反映されない」
　そこで針生氏は日本の美術ジャーナリズムの未成熟と、それに伴う美術批評の立脚点の曖昧さを指摘しているのだろう。それは批評家自身、決して避けては通れない課題に他ならない。まさに現場感覚の指摘という、社会派美術評論家・針生一郎ならではの論調だ。それにも増して、その内容を懐かしく読み返したのは、何より私自身が大学卒業後そこに挙げられた「コレクターのための美術雑誌」の一つである「月刊美術」に勤めるようになったからだろう。そして、針生一郎氏と私との関係は、批評家が言うところの"美術界の諸悪の根源"を通して始まったのだ。いま思うと、それは一見不思議なようで、実は美術ジャーナリズムと美術批評なるものの必然なのかもしれない。

<strong>如何なるテーマに対しても積極的に論評し、如何なるメディアも区別しなかった</strong>

　私が初めて針生氏と会ったのは、「月刊美術」の編集者として原稿依頼をした際だ。電話で依頼の趣旨を言うと針生氏はすんなりと承諾。周囲から「原稿が遅い」と聞いてはいたが、案の定大幅に締め切りを遅れ、仕上がったと聞いてすぐに針生宅に原稿を受け取りに伺った。まずは、原稿を受け取り一読してお礼を言った後、お茶を飲みながら少々雑談。その時、「かつて本誌のようなコレクター誌を日本美術界の諸悪の根源に挙げられたが......」と。振ると、批評家はフフッと笑って答えた。
　「昨今では、『美術手帖』や『芸術新潮』といった雑誌に批評性が乏しくなったのとは逆に、『月刊美術』のような雑誌の質が少しは上がったということかな」と。
　以降、「月刊美術」の編集者として、何度原稿依頼やインタビューをしたことか。そして、フリーの美術ジャーナリストと称するようになったからも様々な機会に話し、意見を聞いたものだ。
　そんな針生一郎氏の死を聞いて、批評家らしい批評家が日本の美術界からいなくなった、という思いが強くした。その批評家らしさとは、絶えず今、自身の周囲で展開されているあらゆる状況に、出来うる限り反応し、自身の判断、意見を発することに躊躇しない、潔さと言えばいいだろうか。針生氏の批評活動には、そんな姿勢が貫かれていた。
世に"前衛美術評論家"と称されたが、批評対象は日本画や美術団体そして美術市場、更に芸術を通した社会批評へと広がる。同世代、次世代の美術評論家が自身の専門領域に固執していくなか、針生氏は如何なるテーマに対しても積極的に論評し、如何なるメディアも区別しなかった。故に、かつて自身が批判した雑誌にも、拘ることなく書いた。そして批判すべきものは率直に批判する。
「月刊美術」で横山大観を特集した折には、近代日本画の巨匠とされる大観が戦時中に美術報国会会長に就任した頃の"いかがわしい"雰囲気とともに、大観が背負った近代日本画の負の部分をストレートに論じた。また、近年印象深かったのは、新たな美術団体展の拠点である国立新美術館に関するコメント。「今日の美術のゴミだめを国が作るというなら、それも一つの役割」と皮肉った。
かつて、"カネ"が支配する美術の業界誌やコレクター誌、そしてその基盤となっている投機対象としての美術市場を諸悪の根源とした針生一郎。しかし、今日の美術界は、日本はもとより欧米、そして新興アジア諸国においても、まさに刹那な経済論理と投機的価値が支配し、それがより堂々と公にかつあからさまに主張されるようになった。近年のオークションやアートフェアのあり方はいうまでもなく、経済的価値観こそが現代の美術を動かす主なる鍵だとまで言われる。もはや、美術が現代を思考し、変革するなどということはあり得ないのかのようだ。そんななかで、批評性などは無意味で、心地いいキャッチフレーズとコピーライトだけがあれば言いと言う風潮は、かつて針生氏が「コレクターのための美術雑誌」で問題視したことと何の変わりもない。美術以上に、ファッション誌や生活情報誌がタイアップと称して記事広告を前面に押し出す現状は、まさに70年代のコレクター誌の方法が一般にも普及、拡大していったとも言える。
　そうして一般の新聞、雑誌の美術評からも厳しい批判的論評が姿を消し、美術情報や気の利いた話題に彩られた記事が溢れる。そして、気に食わない対象は無視なる姿勢が著しい今日。針生一郎氏の死は、美術評論家と美術批評のあるべき姿を問うているような気がする。

＊写真：藤田一人撮影]]>
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   <title>なんとか地盤はできあがった</title>
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   <published>2010-06-30T07:06:42Z</published>
   <updated>2010-06-30T07:12:08Z</updated>
   
   <summary>やっぱね、点取れないとね。 ＰＫにいった時点で、経験の差が如実に。 でも、注目度...</summary>
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      やっぱね、点取れないとね。
ＰＫにいった時点で、経験の差が如実に。
でも、注目度は一気にあがったので、再来月あたりにだす写真集を受け入れてくれる地盤はできあがったかな、と。

では、またー




      
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   <title>予想外も予想外</title>
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   <published>2010-06-21T07:55:03Z</published>
   <updated>2010-06-21T08:00:45Z</updated>
   
   <summary>今更あんな開き直ってあんなガチガチなサッカーするとは思ってなかったし、 さらに勝...</summary>
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      今更あんな開き直ってあんなガチガチなサッカーするとは思ってなかったし、
さらに勝ったりするとは思ってなかったし。
ま、19日はしっかり店で見てたのですけどね。
ラスト間際の長友の転倒では、ＰＫと思って万歳してたり。

てな前に、アキバタマビ展の初日へ。
どこか懐かしい滅茶苦茶な雰囲気だった。
なにしろ最近は、完成度高いのが当たり前な絵画ばかりなんで。
今回のような無目的かつ滅茶苦茶な感じをキープし続けられたら、
10年後はおもしろいんだろうなぁ、と思った。
でも、それが一番むつかしいのだろうけど。
気がつけば無難におさまる、これが自然の流れだし。

では、またー
      
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   <title>６月は哀しいことになりそうな・・・</title>
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   <published>2010-05-28T06:14:58Z</published>
   <updated>2010-05-28T06:21:07Z</updated>
   
   <summary>さてさて、一か月ぶりの日記。 というのも、現在ワールドカップ後に発売するサッカー...</summary>
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      さてさて、一か月ぶりの日記。
というのも、現在ワールドカップ後に発売するサッカーの写真集の編集やらで忙しかったというか、日記を書く頭にならなかったというか。

ピカソが１００億突破で落札されたり、パリ市美では合計約５５０億円分の作品が盗難されたりと派手なニュースはあったのだけど、現在の仕事の絡みでいえば、最悪な状況の日本代表が一番気がかり。

何もできなかった先日の日韓戦後のアンケートでは、日本代表に関心があるというのは４割以下。

６月は３連敗濃厚で帰国してくるのだろうけど、それは日本代表がつまらないのであって、決してサッカーがつまらないのではない、とメジャーマスコミはいってくれないかなぁ・・・。


では、またー
      
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   <title>〈相原慶樹展〉</title>
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   <published>2010-04-23T06:53:32Z</published>
   <updated>2010-04-23T07:05:08Z</updated>
   
   <summary> 直「観」的作品が伝える希望 文●宮田徹也　日本近代美術史 ...</summary>
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      <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="aihara6.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/aihara6.jpg" width="160" height="106" class="mt-image-none" style="" /></span>
直「観」的作品が伝える希望
文●宮田徹也　日本近代美術史
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      <![CDATA[<strong>■秒毎に着実に様相を変化</strong>
ギャラリイKがホワイトキューブと化し、蛍光灯が灯る床に、一つの瞳が瞬きをしている。たったこれだけの作品に、相原が時勢に対して見解を持ち、現代の我々がこの《Peace Offering》（食塩、鉄板、映像／5400×3600ｍｍ／2008年）を必要としていることを感じ取れる。それ程この作品は、直「観」的なのだ。
映像作品として注意を促すと、この相原自身の眼には二種類あり、白塗りの瞼と赤いアイシャドーの瞼が３分間ずつ交互に瞬いていることが分かる。また、瞬く眼の位置が、神の視点である天井、人体の視点である壁、自己を卑屈にする底ではなく、入口から見て奥の床であることも重要だ。その眼は虚ろな眼差しでも何処を見ているのか分からない状態でもなく、確実に何かを見据えていながらも凝視せずに瞬いているといえる。
身体論としてとらえることも可能であろう。現在、多くの舞踊、舞踏、パフォーマンスアートが存在するが、その多くは1970年代の肉体よりも印象に欠ける。それは美術作品も同様で、人体が分化され、切断され、継接ぎにされる現状を振り返るまでもない。この動向の中で真直ぐな視線を持つ眼のみに語らせることに、大きな意義を読み取るべきだ。
　インスタレーションとしての特徴を記すと、驚くべきことにこの展覧は、日毎、否、秒毎に着実に様相を変化させていた。初日に見えた眩い白い床は、床から10ｍｍ浮かした鉄板の上に約5～10ｍｍの厚みで敷き詰めた塩の粒子であった。この塩が期間中に鉄板を腐食し、錆を生み出すのである。展示７日目から鉄板に肉眼で確認できる激しい変化が生じ、最終日に色は落ち着き柔らかくなった。それにより一瞬の判断では認識出来ないほどに、映像が薄れたように見える。これは雪の世界から大地への装いの変化と、時間の経過による肉体の一部が薄れてゆくという人間の存在の尊厳や価値観を表していると相原はいう。錆が発生したというよりも鉄と塩の間で異なるものが誕生したと解釈することができる。また、鉄板が腐食するのは破滅ではなくむしろ、生成するという「現状」を見せてくれると言い換えることもできる。現代を否定するのではなく客観的にとらえ、尚且つ希望を棄てていないとも読み取れる。
前回までの相原の展示は、闇の空間に肉体の映像を置くものであった。今回は正反対であるというよりも、この明るすぎる空間で眼を開くことに展開した点に着目すべきだ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="aihara2.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/aihara2.jpg" width="300" height="203" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>初日展示風景</em>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="aihara3.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/aihara3.jpg" width="300" height="199" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>8日目展示風景</em>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="aihara5.jpg" src="http://www.art-index.net/tenpyo/aihara5.jpg" width="300" height="199" class="mt-image-none" style="" /></span>
<em>11日目展示風景</em>

<strong>■創造的な生き方とは</strong>
相原が今回の展示に対して残したコメントを抜粋する。「過去において、貧困、圧政、暴力によって地に伏した人類の数は計り知れません。その死の存在すら認識されずに死んでいった人々、彼らの犠牲や存在を認識するためのプロジェクトです。...現代において個の孤立という問題があります。新たに形成された集合体においても個の存在が個であり続けるために、集合体が連帯を密にして個をフォローしていかなければなりません。...昨今の世界情勢の中、少数の圧倒的な経済力、武力が他の大多数の少数を支配しようと奔走しています。常にcreativeの領域で生きる事に挑戦していこうと思います。」
犠牲と存在を確認し、個の孤立に対して注意を払い、その情勢の中で創造的な生き方を目指したい、そのように語る相原の作品は、我々を単なる制度論に引き摺らず、美術を見ることの、美術であることの意味を問いかけてくるのである。
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   <title>大変遅れてのアップ</title>
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   <published>2010-04-19T06:44:53Z</published>
   <updated>2010-04-19T06:49:59Z</updated>
   
   <summary>本日、東京青山にあるニュートロンの記事をアップ。 こちらの不手際で１年遅れてのア...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.art-index.net/tenpyo/">
      本日、東京青山にあるニュートロンの記事をアップ。
こちらの不手際で１年遅れてのアップで、すみませんでした。
ニュートロンは、今回アートフェア東京にも参加するなど、順調に活動している画廊です。

そういえば、今回のアートフェア東京はブースも増えて以前にも増して混雑していた。
休憩所のような遊びのスペースが端にあるだけで、混雑時は人でごったかえす印象派の展覧会ようだった・・・。

では、またー
      
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